時計の「夜光塗料」の歴史 ラジウム、トリチウム、ルミノバなど

時計の「夜光塗料」の歴史 ラジウム、トリチウム、ルミノバなど

2021年7月25日
日々のこと

暗闇に浮かび上がるように光る針やインデックス。腕時計の中には夜光塗料が使用されたモデルが数多く存在します。特にスポーティーなモデルには大凡各社で採用されています。今日は、夜光塗料の種類を含め、その歴史についてお話しします。

夜光塗料として使用されてきた素材を大きく分けると4種類で、ラジウム、トリチウム、ルミノバ、クロマライトが挙げられますが、蓄光、蛍光、自発光の性能や色味、使用されてきた歴史背景が異なっています。ラジウム、トリチウムは現在は使用されておらず、現行品はルミノバ、クロマライトのどちらかになるでしょう。

前記したラジウム、トリチウムが時計史の中で最初に使用されていた夜光塗料なのですが、現在は使用されていません。ラジウムに限っては悲話も含めてお話しないといけなくなってしまいます。

カルノー石

ラジウム

ラジウムはカルノー石から抽出・精製される放射性物質でα波を放出します。半減期が約1600年と驚異的なラジウムの粉末に蛍光物質を混ぜれば、その放射線を受けて半永久的に自発光する、という理屈で時計以外にも飛行機の計器などにも使われていたようです。

ですが現在残っているラジウム塗料を使用した時計で自発光しているものをみたことはありません。これは、蛍光物質の方が先に劣化して発光しなくなったからです。それでもまだ蛍光物質が生きていて、紫外線ライトや強い光を当てれば今でも光るものもあります。

放射線の性質

このラジウム夜光が採用されていたのは1917~1960年頃まで。ラジウムが放出する放射線は紙一枚で防げるα線なので、実際に時計の使用者には影響はありませんが、問題だったのは当時ダイヤル製造工場で働いていた作業員達(ラジウム・ガールズを参照)は、ラジウムを塗るときに筆の穂先を舌で舐めて整えていたことが、ラジウムを直接体内に取り込む形になり、放射線中毒になって腫瘍ができたり亡くなった方が米国だけでも数千人に上った悲しい事例があります。

ラジウム・ダイヤル社で働く女性たち

こういった健康被害から、1960年頃からラジウムの使用を中止するメーカーが増えていきました。1967年にはIAEA(国際原子力機関)が時計へのラジウムの使用を順次禁止し、使用量も厳しく規制されていきました。

ちなみに、ラジウム温泉(ラドン泉)入っちゃいけないの!?って思われた方もいるかもしれませんね。温泉のラジウム泉というのはラジウムが電離作用で崩壊したラドン(自然放射線)が成分なので大丈夫なんだとか。実際、温泉の注意書きを見渡してみても妊婦はダメというくらいのレベル。

ロレックスでは1961年頃に、次の塗料であるトリチウムへの切り替えが行われました。ラジウム夜光の頃のダイヤルの表記は「 SWISS 」「 SWISS MADE 」で主に1960年代以前の時計の特徴です。

ラジウム夜光を使用した1956~1964年製造のロレックス・サブマリーナ Ref.6538 007ジェームズ・ボンド モデル

トリチウム

上記したように世界中でラジウムによる健康被害報告と訴訟を受けて、多くのメーカーはラジウム夜光の使用を止めていきました。

この頃は現在のような蓄光性の夜光塗料は開発途上で実用には至っておらず、自発光の夜光塗料を採用し続ける必要がありました。そこでトリチウムという放射性物資が採用されました。

また放射性物資!と思われるかもしれませんが、β線を放出するトリチウムの半減期は約12年と短い上に、紙一枚で防げる程度で放射エネルギーも弱く危険は少ないものだなんだそうです。上記図のようなアルミ箔などの薄い金属やアクリル板で防ぐべきものですが、紙一枚でも防げるという危険性の少なさから広く普及したと思われます。

 トリチウム夜光を使用した1978年製のロレックス・サブマリーナ Ref.1680

ラジウム同様に、トリチウムは自発光するとはいっても発光する物質は蛍光塗料なので経年劣化によっていずれその性能は無くなってしまう、あくまで限られた寿命です。トリチウムはラジウムの代替材として暫定的に採用されてきたと考えられますが、1960年代後半~2000年頃まで使用されていましたので40年という時間も長いといえば長いです。

製造された年代によって紫外線ライトを当てた時の光り方に違いがありますが、弱いエネルギーのトリチウムで蛍光塗料を発光をさせるための技術向上によるものだと思われます。少しずつ材料や配合を変えていたのかもしれません。

1993年、日本の根本特殊化学株式会社から「N夜光 ルミノ―バ」という蓄光性塗料が開発されて、現在ほとんどのメーカーが切り替えています。

ロレックスではトリチウムは1997年頃まで採用されていました。

ルミノーバ(ルミノバ)

根本特殊化学株式会社が開発した「N夜光 スーパールミノ―バ」は、放射性物質が使用されていないということで安全性が高く、長時間発光が難しかった蓄光性蛍光塗料の弱点を世界初でクリアーしました。業界ではルミノバ塗料とも呼ばれて、世界中すべての時計メーカーが採用しているのではないでしょうか。放射性物質を使用してないということで、釣り具のルアーなどにも用いられています。

ルミノバを練り込んだルアー

これにより、ダイヤルからトリチウムを意味する「T」の表記がなくなります。ロレックスでは、U番シリアル(1997年)の頃にルミノバへの移行が始まりますのでU番には、「T 表記有り」と「T 表記なし」のダイヤルが混在します。希にですがT表記なのに実際はルミノバが塗られているという、先行使用された個体もあるそうです。

「 SWISS 」
U番(1997年)~A番(1998-1999年)

「 SWISS MADE 」
U番(1997年)~A番(1998-1999年)~P番(2000年)以降

クロマライト

ロレックスが独自に開発(特許取得)した蓄光蛍光塗料で2007年頃から採用され始めた夜光です。ルミノバの倍の発光時間(8時間)とされます。

クロマライトを採用したロレックス ミルガウス Ref.116400

8時間といっても、ずっと同じ光量で光り続けられるのではなく、実験してみた結果、時計としての時間を視認できるのは3,4時間程度。性能はルミノバと比較しても甲乙付けがたいのかなと。

人気機種デイトナに搭載されていたゼニス社製ムーブメント”エルプリメロ”を廃止して自社生産に切り替えてからのロレックスはマニファクチュアラー(時計にまつわる部品全てを製造する時計メーカー)としての冠を想像以上に意識していますから、夜光塗料でさえも自社製で他社を凌駕するという意志の表れなのかもですね。

4つの夜光塗料を検証してみて

4つの夜光塗料で蓄光、蛍光、自発光と性能は様々。時計の進化の歴史は、夜光塗料の歴史と共にあります。 トリチウム夜光までの固体は現在市場価格が高騰の一途にありますが、経年で自発光を失って褐色化した時計に魅力を感じてしまったり、試しにラジウムダイヤルにガイガーカウンター(放射線測定器)を近づけてみると僅かながらに反応するのをびっくり眺めている英国立時計時計技師・春日からのレポートでした。