珈琲戦国時代

世は珈琲戦国時代、いつの間にやらあちこちに群雄割拠ように珈琲専門店が増えましたね。

「何処でどんな人に売りたいですか?」 という話を経営者にすると、

本人の嗜好や消費行動が売りたい商品とシンクロしていないみたいな面倒くさい話へと発展してしまう。

っというのも、家でインスタントさえもいれないような人が珈琲店を経営してるらしい。

○○さん 「家ではハンドドリップしない人間は珈琲店を経営しちゃダメなんですか?」

力士はちゃんこ鍋しか食べてはいけないのか?みたいな返すカタナに対して、僕も真面目に反論する気もなかったのですが。 全てが本物志向ではなくても良いんですけど、ただ、今の状況でその類に手を出すっていうことは流行に乗っかってると思われても仕方がない、日本人特有の新しい物好きみたいな軽い気持ちに感じてしまうんですよね。

「なら、紅茶店じゃダメだったんですか?」

なんて迷宮入りしそうな話へと発展しそうにもなるけど、そこはぐっと堪えてます。そんな不毛な話。

珈琲専門店なのに主役の珈琲が不味い店もあれば、せっかく珈琲が美味しいのにランチで出すカレーが人気になり過ぎてしまって珈琲が主役になれずにいるお店もあったり。

生き残るのが本物なのか、そうではないのか? 逆に本物でなくても生き残っていけるのであれば、それはそれで文化として深く根付いているので良いことではないかと。