作成者別アーカイブ: Kenji Kasuga

Kenji Kasuga について

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「海の別邸 ふる川」さっぽろ雪まつり編

初日の宿、白老町虎杖浜にある海の別邸 ふる川へ。

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The Phoenix

羽生選手2連覇おめでとうございます。スポーツ観戦に興味がない僕でも感動でした。大怪我から不死鳥のように返り咲き。凄いです。

「ツムラ日本の名湯シリーズ世代」さっぽろ雪まつり編

ツムラ日本の名湯シリーズで育った世代としては、いつか本物の登別温泉に浸ってみたい・・ そんな憧れがありました。 ↑Tちゃんも春日家の遊びにいつも付き合ってくれてありがとね。。

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ドーム兄弟 ルイ・マジョレル 野葡萄カメオ1灯シャンデリア アールヌーヴォー Daum Nancy lu-91


パート・ド・ヴェール(練硝子)の素地に、アシッドヴェール(腐食技法、カメオガラス)で野葡萄の模様が施されたドーム兄弟(仏)の1灯シャンデリア。
1901年エコール・ド・ナンシー(ナンシー派)が結成されたドーム中興の作品で、繊細で優しい色艶の表現力はこれぞドームという気品を感じさせられる一品です。 アイアン部分はルイ・マジョレルによるデザインです。 アールヌーヴォー期ドーム兄弟で上質なシャンデリア作品はとても入手困難です。 

カテゴリー: 1灯シャンデリア
制作期: 1900~1910年頃
製法: パート・ド・ヴェール、アシッドヴェール、鍛鉄
サイズ: 幅45cm 最大高さ90cm(鎖で高さは調整可能)
重量: 約7kg
備考: lu-61とほぼ同様のデザインですが、こちらは少し大きいサイズになります。

電配線は、日本仕様に交換済みです。電球口金は、B22Dをお買い求め下さい。

A&Oオンラインストア
http://aando-since1993.net/?pid=128341887

Daum Frères
兄オーギュスト(Auguste Daum,1853-1909年)弟アントナン(Antonin Daum,1864-1930年)

オーギュストとアントナンのドーム兄弟は、フランス、ロレーヌ地方のビッチの出身である。 普仏戦争終了後の1872年、ドーム家はプロイセンの占領を避けてナンシーへ移住した。 兄弟の父、ジャン・ドーム(1825-1885)は出資したガラス工場の経営者となったがオーギュストは1878年頃から、アントナンは1887年から、それぞれ父の仕事を手伝っている。
すでに、1884年の装飾美術中央連盟展で同じナンシーのガレが金賞を受賞して注目を浴びており、ドームの工場でも日常雑器の生産から、より高度な美術ガラス製品への移行を画策していた。 それから5年後、パリで1889年の万博が開かれ、ガレが出品した300点のガラスと、200点の陶器、17点の家具を出展し、いずれも植物をモチーフにした日本の装飾意匠えお連想させるリリカルな表現によって参加者の絶賛を浴び数々の賞を獲得した。 アールヌーヴォーの爆発的展開がこのときより始まるのである。
同じく1889年のパリ万国博覧会にドーム工房はテーブルウェアなどを出品した。 この時期からドームも爆発的躍進が始まる。 1891年、新たに装飾工芸ガラスを制作する部門を設置し、多くのガラス工芸家や美術家が導入された。 ウジューヌ・ダマン、ヴィクトール・マルシャン、ポール・ラカド、セーヴル・ウィンクラーといった画家たちや、ジャック・グルーベルのようなグラヴィール作家、彫刻家のアンリ・ベルジェ、陶工にして後にパート・ド・ヴェール作家に転身したアマルリック・ワルターも招聘された。
一般に、ドームの作品は風景文様を用いたものやヴィトリフィカシオンを上手く生かしたものに秀作が多い。 他にパート・ド・ヴェールの小容器や小動物、エッチング文様の上にエナメル彩色を施した山水風景の花器や容器も、ドーム兄弟の独壇場だった。
1894年、ナンシーおよびリヨンの博覧会で金賞を受賞。 1897年のブリュッセルの万国博覧会でも金賞を取り、この年、オーギュストにはレジオン・ドヌール勲章が授与されている。 さらに、1900年のパリ万国博覧会でも大賞を取り、この年アントナンにもレジオン・ドヌール勲章が授与された。 1901年にエコール・ド・ナンシー(ナンシー派)が結成されると、アントナンは副会長に推されている。 1914年には第一次世界大戦の影響で操業を停止したが、1919年に再開。 1920年代はアール・デコのスタイルで、その後は透明クリスタルのガラス置物などを生産し、現在に至っている。

「時に旅路は速やかに。」さっぽろ雪まつり編

冬の北海道に行ってみたいし、さっぽろ雪まつりを見てみたいけど、すごい人混みに堪えられるだろうか・・?

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「なまらしばれるけんど、なしてかあずましいほっかいどー」 さっぽろ雪まつり編

念願のさっぽろ雪祭りを見に行ってきました。

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ドーム兄弟 壁灯ブラケットライト ペア ダブルシェード 1910年代アールヌーヴォー期 Daum Nancy


なかなか探すのが難しいドーム兄弟のダブルシェードのペア。年代はアールヌーヴォー期ですが、おおむねアールデコ様式の作品でシンプルなブロンズの出で立ちです。多様な様式の空間を彩ってくれるでしょう。
ドーム兄弟のパート・ド・ヴェールは、ガラス粒子がそろった上質な材料を使用していますので熔解の泡切れが良く、滑らかな素地でありながら硬質なので違う色ガラスを重ね合わせる多重構造も可能にしています。 特筆すべきは、金属酸化物を混ぜるので色彩に幅があり、光りを透過させた際の発色が素晴らしいこと。模様に躍動感があり、重すぎず冷たすぎず絶妙の存在感を放ちます。

カテゴリー: 壁灯ペア
制作期: 1910年頃
製法: パート・ド・ヴェール、ブロンズ
サイズ: 全長43cm 幅40cm 奥13cm
重量: 片方約3kg
数量: 画像の通り カート数量1=ペア で2個1組になります。

電配線は、日本仕様に交換済みです。電球口金は、B22Dをお買い求め下さい。日本では旭光電機工業が製造しています。

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http://aando-since1993.net/?pid=127732979

Daum Frères
兄オーギュスト(Auguste Daum,1853-1909年)弟アントナン(Antonin Daum,1864-1930年)

オーギュストとアントナンのドーム兄弟は、フランス、ロレーヌ地方のビッチの出身である。 普仏戦争終了後の1872年、ドーム家はプロイセンの占領を避けてナンシーへ移住した。 兄弟の父、ジャン・ドーム(1825-1885)は出資したガラス工場の経営者となったがオーギュストは1878年頃から、アントナンは1887年から、それぞれ父の仕事を手伝っている。
すでに、1884年の装飾美術中央連盟展で同じナンシーのガレが金賞を受賞して注目を浴びており、ドームの工場でも日常雑器の生産から、より高度な美術ガラス製品への移行を画策していた。 それから5年後、パリで1889年の万博が開かれ、ガレが出品した300点のガラスと、200点の陶器、17点の家具を出展し、いずれも植物をモチーフにした日本の装飾意匠えお連想させるリリカルな表現によって参加者の絶賛を浴び数々の賞を獲得した。 アールヌーヴォーの爆発的展開がこのときより始まるのである。
同じく1889年のパリ万国博覧会にドーム工房はテーブルウェアなどを出品した。 この時期からドームも爆発的躍進が始まる。 1891年、新たに装飾工芸ガラスを制作する部門を設置し、多くのガラス工芸家や美術家が導入された。 ウジューヌ・ダマン、ヴィクトール・マルシャン、ポール・ラカド、セーヴル・ウィンクラーといった画家たちや、ジャック・グルーベルのようなグラヴィール作家、彫刻家のアンリ・ベルジェ、陶工にして後にパート・ド・ヴェール作家に転身したアマルリック・ワルターも招聘された。
一般に、ドームの作品は風景文様を用いたものやヴィトリフィカシオンを上手く生かしたものに秀作が多い。 他にパート・ド・ヴェールの小容器や小動物、エッチング文様の上にエナメル彩色を施した山水風景の花器や容器も、ドーム兄弟の独壇場だった。
1894年、ナンシーおよびリヨンの博覧会で金賞を受賞。 1897年のブリュッセルの万国博覧会でも金賞を取り、この年、オーギュストにはレジオン・ドヌール勲章が授与されている。 さらに、1900年のパリ万国博覧会でも大賞を取り、この年アントナンにもレジオン・ドヌール勲章が授与された。 1901年にエコール・ド・ナンシー(ナンシー派)が結成されると、アントナンは副会長に推されている。 1914年には第一次世界大戦の影響で操業を停止したが、1919年に再開。 1920年代はアール・デコのスタイルで、その後は透明クリスタルのガラス置物などを生産し、現在に至っている。

ドーム兄弟 エドガー・ブラント合作ランプ 1910年代アールデコ様式 Daum Nancy tl-22


1910年代アールヌーヴォー期、ドーム兄弟(仏)のランプです。 マーガレットの花をあしらった鍛鉄フレームは、のちのアールデコ様式の巨匠となった金工細工師エドガー・ブラントの手によるものです。首もとと台座のつぶらに描写されたマーガレットは、アールヌーヴォー過度期にありながらブラントならではのアールデコ芸術の兆しと細部に渡る高い技術を感じられる力作だと思います。大粒の金箔を全体にまぶしたドーム兄弟のガラスシェードは、質量からして変性のクリスタルガラスかと思われます。アールデコ期の大変珍しい作品です。

カテゴリー: ランプ
制作期: 1910年頃
製法: クリスタルガラス、金箔彩ガラス、鍛鉄
サイズ: 高さ41cm
重量: 約3kg

電配線は、日本仕様に交換済みです。電球口金は、B22Dをお買い求め下さい。

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http://aando-since1993.net/?pid=127717720

Daum Frères
兄オーギュスト(Auguste Daum,1853-1909年)弟アントナン(Antonin Daum,1864-1930年)

オーギュストとアントナンのドーム兄弟は、フランス、ロレーヌ地方のビッチの出身である。 普仏戦争終了後の1872年、ドーム家はプロイセンの占領を避けてナンシーへ移住した。 兄弟の父、ジャン・ドーム(1825-1885)は出資したガラス工場の経営者となったがオーギュストは1878年頃から、アントナンは1887年から、それぞれ父の仕事を手伝っている。
すでに、1884年の装飾美術中央連盟展で同じナンシーのガレが金賞を受賞して注目を浴びており、ドームの工場でも日常雑器の生産から、より高度な美術ガラス製品への移行を画策していた。 それから5年後、パリで1889年の万博が開かれ、ガレが出品した300点のガラスと、200点の陶器、17点の家具を出展し、いずれも植物をモチーフにした日本の装飾意匠えお連想させるリリカルな表現によって参加者の絶賛を浴び数々の賞を獲得した。 アールヌーヴォーの爆発的展開がこのときより始まるのである。
同じく1889年のパリ万国博覧会にドーム工房はテーブルウェアなどを出品した。 この時期からドームも爆発的躍進が始まる。 1891年、新たに装飾工芸ガラスを制作する部門を設置し、多くのガラス工芸家や美術家が導入された。 ウジューヌ・ダマン、ヴィクトール・マルシャン、ポール・ラカド、セーヴル・ウィンクラーといった画家たちや、ジャック・グルーベルのようなグラヴィール作家、彫刻家のアンリ・ベルジェ、陶工にして後にパート・ド・ヴェール作家に転身したアマルリック・ワルターも招聘された。
一般に、ドームの作品は風景文様を用いたものやヴィトリフィカシオンを上手く生かしたものに秀作が多い。 他にパート・ド・ヴェールの小容器や小動物、エッチング文様の上にエナメル彩色を施した山水風景の花器や容器も、ドーム兄弟の独壇場だった。
1894年、ナンシーおよびリヨンの博覧会で金賞を受賞。 1897年のブリュッセルの万国博覧会でも金賞を取り、この年、オーギュストにはレジオン・ドヌール勲章が授与されている。 さらに、1900年のパリ万国博覧会でも大賞を取り、この年アントナンにもレジオン・ドヌール勲章が授与された。 1901年にエコール・ド・ナンシー(ナンシー派)が結成されると、アントナンは副会長に推されている。 1914年には第一次世界大戦の影響で操業を停止したが、1919年に再開。 1920年代はアール・デコのスタイルで、その後は透明クリスタルのガラス置物などを生産し、現在に至っている。

1895年レンツキルヒ社ヴィエンナクロックの音色

ロレックス プレシジョン Ref.9004 Cal.210 18KYG ワッフルダイヤル 36mm 金無垢


1950年頃、ロレックス社プレシジョン18金無垢です。Ref.9004はアンチマグネティック(耐磁機構)で、18金無垢のアンチマグネティックリングを備えたドレスタイプの中では最高位機種になります。
中三針でキフショックとチラシネジを無理なく装備して完成度が高いCal.210は同社の代名詞になったキャリバーです。ケース径36mmのオーバーサイズでワッフルダイヤルも相まって独特の存在感を放っています。

カテゴリー: ロレックス社プレシジョン
制作期: 1950年頃
製法: Ref.9004、18金無垢(ケース)、Cal.210(17石、手巻き)、耐磁機構、18Kアンチマグネティックリング、純正バックル(ゴールドプレート)、社外製革バンド(クロコダイル本革)
サイズ: 直径36mm(竜頭を含まず)

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http://aando-since1993.net/?pid=127638726

※ 本品をお買いあげの際には、弊店の保証約款上、分解掃除ののちお渡しとなります。施工完了まで1~2ヶ月お待ち頂くことになりますので何卒ご了承下さい。なお、ご購入日より1年間が動作保証の対象となります。


あのイーハトーヴォのすきとおった風

「あのイーハトーヴォのすきとおった風、夏でも底に冷たさを~~~ 」

この文章見て最初、自己啓発系か宗教の勧誘かと思った。デザイン関係者なら目にすることがあるかと。宮沢賢治だったのか・・

 

ドーム兄弟 エドガー・ブラント合作 4灯シャンデリア アールヌーヴォー1910年代 Daum Nancy lu-90


1910年代アールヌーヴォー期、ドーム兄弟(仏)のパート・ド・ヴェール7灯シャンデリアです。 雄鹿の鍛鉄フレームは、のちのアールデコ様式の巨匠となった金工細工師エドガー・ブラントの手によるものです。陽気に跳ねあがる雄鹿のレリーフを中央にあしらって所々にリーフとナッツをちりばめたアイアンワークは、ブラントならではのデザイン力と細部に渡る高い技術を感じられる力作だと思います。アールヌーボー芸術の過度期でありながら、アールデコ芸術の兆しも感じられます。ゆたっと落ち着きを放つ全体の存在感はさすがドーム最盛期の作品です。
ドーム兄弟のパート・ド・ヴェールは、ガラス粒子がそろった上質な材料を使用していますので熔解の泡切れが良く、滑らかな素地でありながら硬質なので違う色ガラスを重ね合わせる多重構造も可能にしています。 特筆すべきは、金属酸化物を混ぜるので色彩に幅があり、光りを透過させた際の発色が素晴らしいこと。模様に躍動感があり、重すぎず冷たすぎず絶妙の存在感を放ちます。

カテゴリー: 4灯シャンデリア
制作期: 1910年頃
製法: パート・ド・ヴェール(練硝子)、鍛鉄
サイズ: 幅84cm 高さ70cm
重量: 約7kg

電配線は、日本仕様に交換済みです。電球口金は、B22Dをお買い求め下さい。

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http://aando-since1993.net/?pid=127468931

Daum Frères
兄オーギュスト(Auguste Daum,1853-1909年)弟アントナン(Antonin Daum,1864-1930年)

オーギュストとアントナンのドーム兄弟は、フランス、ロレーヌ地方のビッチの出身である。 普仏戦争終了後の1872年、ドーム家はプロイセンの占領を避けてナンシーへ移住した。 兄弟の父、ジャン・ドーム(1825-1885)は出資したガラス工場の経営者となったがオーギュストは1878年頃から、アントナンは1887年から、それぞれ父の仕事を手伝っている。
すでに、1884年の装飾美術中央連盟展で同じナンシーのガレが金賞を受賞して注目を浴びており、ドームの工場でも日常雑器の生産から、より高度な美術ガラス製品への移行を画策していた。 それから5年後、パリで1889年の万博が開かれ、ガレが出品した300点のガラスと、200点の陶器、17点の家具を出展し、いずれも植物をモチーフにした日本の装飾意匠えお連想させるリリカルな表現によって参加者の絶賛を浴び数々の賞を獲得した。 アールヌーヴォーの爆発的展開がこのときより始まるのである。
同じく1889年のパリ万国博覧会にドーム工房はテーブルウェアなどを出品した。 この時期からドームも爆発的躍進が始まる。 1891年、新たに装飾工芸ガラスを制作する部門を設置し、多くのガラス工芸家や美術家が導入された。 ウジューヌ・ダマン、ヴィクトール・マルシャン、ポール・ラカド、セーヴル・ウィンクラーといった画家たちや、ジャック・グルーベルのようなグラヴィール作家、彫刻家のアンリ・ベルジェ、陶工にして後にパート・ド・ヴェール作家に転身したアマルリック・ワルターも招聘された。
一般に、ドームの作品は風景文様を用いたものやヴィトリフィカシオンを上手く生かしたものに秀作が多い。 他にパート・ド・ヴェールの小容器や小動物、エッチング文様の上にエナメル彩色を施した山水風景の花器や容器も、ドーム兄弟の独壇場だった。
1894年、ナンシーおよびリヨンの博覧会で金賞を受賞。 1897年のブリュッセルの万国博覧会でも金賞を取り、この年、オーギュストにはレジオン・ドヌール勲章が授与されている。 さらに、1900年のパリ万国博覧会でも大賞を取り、この年アントナンにもレジオン・ドヌール勲章が授与された。 1901年にエコール・ド・ナンシー(ナンシー派)が結成されると、アントナンは副会長に推されている。 1914年には第一次世界大戦の影響で操業を停止したが、1919年に再開。 1920年代はアール・デコのスタイルで、その後は透明クリスタルのガラス置物などを生産し、現在に至っている。

虎魚と書いて何と読む?

虎魚が釣れました。

オコゼって読みます。グロイけど刺身でめちゃ美味い高級魚。関門海峡エリアの夜釣りでたまに釣れる珍魚ですが久々の再会。

「釣るのも魚料理も好きですよね?」

ってよく言われます。

若い頃、留学生活で新鮮な魚を食べる機会が無かったし、特に刺身は口にすることができなかった。帰国してからは地魚を好んで食べるようになりました。下関市というロケーションは、玄界灘、響灘、豊後水道、瀬戸内海の4つの潮が複雑に混ざり合うので魚種の豊富さ、鮮度、味において日本随一だと思います。関門海峡の魚は早い流速で身も引き締まってます。天然ふぐは、そういう環境から水揚げされるので最高値で取り引きされるわけです。

#虎魚と書いてオコゼ #関門海峡 #虹海丸 #ナイト出船 #珍味 #高級魚 #背びれに注意

 

レプリカを作る意味は無い

TVを見ていて感じた疑問です。

夏目漱石が愛用していた硯(すずり)を保存する目的で、硯職人がレプリカを作成するという番組内容だったのですが、

雨風にさらされるわけでもない室内環境では劣化するとは到底考えられない石で作られた硯にレプリカを作る必要があるのかな?

憶測ですが、全国的な夏目漱石展をねらって貸し出し輸送を重ねることで破損・盗難するリスク回避のためのレプリカ作成ということであれば、レプリカを見せてお金を取ろうという今の日本の美術館・博物館のやり方にはさらなる疑問を感じます。展示品の半分以上がレプリカの施設もかなり多いです。

何のための保存なのか? 本物をたくさんの人に見てもらってなんぼでしょうに・・ 美を売る者として、モヤモヤした嫌悪感を抱いてしまいました。

硯自体、漱石が使用していたというだけで大した造形はしておらず、決して美しいと言える代物ではないように伺えました。

硯職人もレプリカ作成の依頼なんて断ってほしかったし、もしもお金で動いた仕事だったならば、番組として取り上げるべきシーンではなかった。オリジナルを作るシーンでまとめる方が職人のカブも上がっただろうに。

○熱大陸もクォリティー落ちましたね・・

 

Webster 純銀オーバーレイ&ガラスのコースター 6枚セット 19世紀末


19世紀末、Webster社製(米国)のコースター6枚セット。ガラスに純銀の透かし模様が綺麗に施されています。厚さ3mmと4mmがありまして、薄い3mmの方がリキュールグラス用といわれていますが、用途に関係無く使って頂けるかと思います。アンティーク銀食器の中でも人気の高いお品です。プレートスタンドで立て掛けて飾っても綺麗です。

カテゴリー: コースター
製法: スターリングシルバー(純銀)
年代: 19世紀末
原産国: Webster社製
サイズ: 直径7.8cm 厚0.3~0.4cm
コンディション: 全体的にコンディション良好です。
個数: 6枚(7枚で映っている画像がありますが、お売りするのは6枚になります)

※銀無垢でも、銀含有99%以上がスターリングシルバー。 それ以下は、ソリッドシルバーと呼ばれています。 シルバープレートは99%以上の鍍金(メッキ)を意味します。